不快感を作品化するということ

文明を一歩先に進めるのは、喜びなのでしょうか?

 

いいえ、文明を一歩先に進めるのは、不快感なのではないかと思います。

 

平和だと楽しいから、平和にしようというのでは動機が弱いです。

戦争が本当に嫌だから、大切な人を失うのが怖いから、意地でも平和を守るのでしょう。

 

ハイハイをしていた赤ちゃんが、お兄ちゃんお姉ちゃんや、お父さんお母さんの真似をして立って歩こうとしたら、筋力が足りなくて全然立てない。

 

なんで僕だけ、私だけ立てないんだ?という悔しさやもどかしさから、一歩を踏み出す筋力を身に付けるのではないでしょうか。

 

起業において最も大切な感覚は、

「嫌だ」

という感覚ではないかと思います。

 

 

嫌だから、改善する

嫌だから、楽をする

嫌だから、生産性を上げる

 

「楽しいから、改善をする」

という段階は、一つ先の段階です。

 

「嫌なことを改善すると、嫌なことがなくなってうれしい」

ということを知っていないと

「楽しいから、改善をする」気持ちを理解することができません。

 

 

起業の落とし穴があります。

「嫌だから、起業をした」

にも関わらず、ある程度うまくいきだすと、

「楽しいから、改善をする」

「楽しいから、働く」

ようになります。これを続けていると、徐々に、嫌だった感覚を忘れていきます。

楽しいだけでは馬力がでないことに気付きます。

 

プロ野球選手や、プロの歌手が陥るイップスはこれに近いのではないかと思います。

 

はじまりは

喜怒哀楽のうち、

怒りと悲しみで動いていて、

実績がついてくるにつれて、

喜びと楽しさだけをモチベーションにし始めます。

快楽をモチベーションにし始めると、怒りと悲しみを解消しようと動いていた時期を忘れ始め、

馬力を失います。

 

 

 

起業は、3年乗り越えれば

嫌なことはどんどんなくなっていきます。

仲間が増え、収益も安定し、会社員だったときよりも稼ぎ、生活に不自由がなくなります。

以前のレベルでの「嫌」という感情は失われていきます。

 

 

その「嫌」という感情を取り戻したいがために、

無意識のうちに、

人間関係で衝突をつくったり、

たくさんお金を使ったり、

たくさんお金を借りたり、

あえて自分から不幸を作り出し、

再びどんぞこに落ちることで、「嫌」を取り戻す人もいます。

 

でも、そんなことをしなくたって、日常にある小さな「嫌」を見逃さずに、向き合っていけばよいのではないのでしょうか。

 

作品を輝かせる、小さな不快感は、見落としやすい材料です。

 

gerunika

 

それはあまりに身近なところにあるので、心と体を研ぎ澄ませないと、素通りしてしまう。

つかんだと思ったらすぐになくなり、いつも同じ方法では取りにいけないのですが、

掴みにいけば必ずたどり着く。そんなモノだと思います。