自分を客観視できる人が圧倒的に強いのはなぜだろうか?

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自分を客観視できる人は圧倒的に強い。

経営は、自社のポジションを社会全体の中の一つとして位置づけると強い。

サッカーも、自分のポジションをスタジアム全体の中の一つとして位置づけると強い。

自分を客観視できる人は微修正がうまく、強い。

これはなぜだろうか?

シンプルな答えが一つある。

自分を客観視できる人が圧倒的に強い理由、それは、自分にとって、1番のファンが自分自身だから

世界一のパフォーマンスを出している人はみんな自分大好きに見える。(主観的にはわからないが、少なくとも客観的にはそう見えるだろう)

世界一になったから自分大好き

ではなく、

世界一になる前から自分大好き

だから、世界一になるのだろう。

最も信頼する人でさえ、最も愛する人でさえ、自分のことを24時間見ていてはくれない。

相手に対する愛の言葉は、いつかは嘘になる可能性がある。

しかし、自分だけは自分のことを24時間気にかけることができる。

自分は決して裏切らない。

人はモノではなく、ストーリー(歴史)に惹かれる。

ものごとを起こす人が一番最初に取り掛かり、一番最後までやりきるべきは、

自分の人生という歴史に惚れ込み続けることではないでしょうか。

では自分の歴史にほれ込むとはどういうことか?

それは、簡単なようで難しいことではないかと思うのです。

一瞬やれば終わりではなく、常にやり続ける必要があるものだと思います。

また、忘れやすいものなのではないでしょうか。

jibunjisin

0歳の赤ちゃんは生まれたばかりの自分の手や足をむすんだりひらいたり、自分のからだの動作確認をして、ものすごく嬉しそうにする。

僕が習慣にしている体を緩めるということは、幼い時に感じていた、自分自身に対する興味を取り戻し、忘れずに持ち続けるための習慣でもある。

自分にハマりはじめると、いろいろなことが気になってくる。

日々の暮らしのなかでの自分の感情の変化がいちいちきになる。

1人で食べる時のココイチのポークカレーは、ハンパなく美味い。

朝、家を出た時の太陽の光の眩しさ。

そして今日も元気に活動できる喜び。

朝の空気を吸った時のすっーとした爽快感。

次はなんの新しいことをするのか?

今日はどんな新しい発見をするのか?

今日はどんな新しい筋肉が動くのか?笑

自分の一挙手一投足が気になる。

講演会で話をするときは動画を撮り、見返す。

ヒトカラをするときも録音をして、聞きなおす。

内臓が動くのが面白くて、気がついたら3時間くらい経っていることもよくある。

食中毒で39.8度の熱が出て、三日間飲まず食わずで入院した時でさえ、

点滴の水が一滴ずつ落ちる不思議にとりつかれ、気がついたら1時間くらい点滴にずっとハマっていたこともある。

プロフィールの「趣味:呼吸」は、趣味の領域を超えた、ライフワークになっている。

僕にとっては、自分自身の研究が最も楽しいです。

自分のファンだから、自分自身においしいものを食べさせて、たくさん栄養を取らせて、たくさん寝させてあげる。

ブログは他人のために書いているのではなく、あくまで自分のための日記。

ブログは過去と未来の自分へ送る手紙だと思う。

リンカーンではないが、

Letters of myself, by myself, for  myself

僕はブログに自分のことしか書きません笑

自分のことしか書いていないのに、ブログをはじめて1年半で35万人が集まる。

自分のパフォーマンスに対して驚く。

自分が1年前に書いたブログを読んで、「いいこと書いてるなあ」と感動する。

過去の自分が未来の自分にブログを書き、未来の自分が、過去の自分にブログを書く。

時に他者を例にあげるのは、あくまで引用で、自分の感覚をうまく言語化するための手段。

自分のための文章を公開する理由は、

公開した方がより多くの化学変化を感じることができて、より新しい発見が増えるから。

全てが自分のため。

だから毎日書き続けられる。

ちなみに僕は三日坊主を経験したことがありません。

自分のために本当に必要と思えることであれば、やらない理由がゼロだからです。

1番最初の著書を書いたときに、

「なぜそんなに自信があるのか?教えてください」

と編集者の方に言われ、本を書いたことがあります。

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自分に惚れ込んで24時間気にかけることで、圧倒的な自信が生まれる。

ナルシストと自信は全く別物。

ナルシストは評価をする。

しかし、『自信』は自分を感じとる、捉えるだけである。

そこに評価は挟まない。

どんなにすごくても、どんなにすごくなくても。

自分大好きだから、自分を客観視し続ける。

一文無しでも、自分が大好きである。

自分に驚き、自分に喜び、自分との関係に心を踊らせる。

他人と自分を比べることはないし、他人のマネをすることもない。

というか、自分を観察するのに忙しいので、他人のことが全く気にならないし、比較する暇がない。

とはいえ、人と一緒にいることも好き。

自然の中にいることも、動物と戯れることもとても好き。

でも、何をしていても楽しい理由は、原点に自分大好きがあるからではないかと思います。笑

自分のことを1番大切にしていれば、自分の周りにいる人も、大切にしようと思うだろう。

自分に優しく、他人に厳しくというのは間違っている。

脳は自分に対する言葉と他人に対する言葉を区別できない。

したがって、相手に対して言っていることは、脳は自分のことだと勘違いして聞いている。

1番大切な自分を悲しませるようなことを言ってなんの意味があるのでしょうか?

この世界の誰にも負けないくらい自分のことが好きと言えるだろうか?

世界の人間すべてが敵にまわっても、自分は自分のことが大好きだと言い切れるだろうか?

自分が大好きな人たちだけで世界が構成されているとしたら、もっとお互いの生き方を大切に扱うことができるようになるだろう。

自分が苦しむのをみているのが辛いから、仲間を大切にして、仕事も頑張り、社会に貢献し、お金も稼ぐ。お金は喜びを振りまくための媒介物。

自分を客観視できる人が圧倒的に強いのはなぜだろうか?

その理由はきっと、自分のことを世界中の誰よりも観察し、導き、信頼しているから。

僕にはコンサルタントもコーチもメンターも師匠も占い師も必要ありません。

こまったときは、洗面所に行き、

鏡に映った自分に相談します。笑

僕は人類史上、最も自分自身を信頼し、尊敬し、自分自身に惚れ込み、自分自身を導いた男として、後世に名を残したいと思います!

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ヘルスィーTANA☆AKK

ヘルスィーTANA☆AKK

タナーク株式会社/代表取締役社長売上UP実績はこちら
趣味:呼吸。住所:地球。企業顧問を常時10社以上こなす体を緩める起業家。プロフィール・会社概要はこちら
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