明日の朝、起きないかもしれない可能性が今日を特別な一日に変える

死というものはあまりに非日常すぎて、

忙しさが押し寄せてくると、

死はどこか別の国みたいで、

自分には関係ないのではないか?とも思えるくらい、遠い存在ではないでしょうか。

でも、あした目覚めない可能性は、誰にだってある。

今日の会話が、最後の会話になる可能性はいつだってゼロではない。

人が息も詰まるほど忙しくしたい理由の裏側には、

死の恐怖と不安に向き合うのが怖い。

というのがあるかもしれません。

死が実は隣にいる身近なものなのだとしたら、

今日の会話が最後になるかもしれないのなら、

まるで初めて出会った時のようにうきうきして、いまを過ごしたい。

回りくどい表現ではなく、本当のことを伝えて立ち去りたい。

明日の朝、もう起きないかもしれないと思い、眠りについたとする。

もし明日の朝起きた瞬間に、体の感覚があったとしたら、

もう1日、世界が自分を生かしてくれたことに気づく。

もう一度だけ朝を迎えたとしたら、

その1日は人生で最も特別な1日になるに違いない。

平凡な毎日は、潤いに満たされるのではないかと思うのです。

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