偶然は平凡に擬態している

mont saint michel

今日しなければならない目の前の雑務は、単なる単純作業ではない

今日する挨拶は昨日した挨拶とはちょっと違う

朝ごはんをいつも通り、いつもの箸で食べるような、

規格化、均質化されている毎日の暮らしの定型の裏側には、大きな意味が隠れているのかもしれない。

それはまるで日本の蝶々の羽ばたきで起こった風が、遠く離れたアメリカ大陸でハリケーンを引き起こすような意味が。

目の前で起こっている感情の衝突は、実は時空を超えて、江戸時代で起こった将軍と側近の確執が、地球を何周もめぐりめぐって戻ってきた感情の食い違いかもしれない。

赤ちゃんは何もない空間で手を動かして、空気を読み、動かすかのような遊びをしている。

人間のメタファー(比喩)する能力によって、地球の裏側で起こった時間と空間を超えた悩みを、同じように時間と空間をいじくることで解決しているのかもしれない。

目の前のご飯を箸で食べるときに動く時間と空間は、

実はどこかの誰かの課題のメタファーであり、

そのときに感じたインスピレーションで、いつもと違う持ち方や、いつもと違う順番で箸を動かしてみると、

何かがうごめいていく感覚を感じる。

本当に小さな、その違和感を見逃してはいけない。偶然が自然であり、偶然とは必然のことである。

重要な問題は簡単そうな”何か”に擬態し、

そして簡単な問題が重要そうな”何か”に擬態する。

conrad

時空に”二度目”はない。

偶然には意味がある。

何気なく起こるその時間に、実は想像もつかない重大な出来事が眠っている。

ものごとを右から左から、過去から未来から、360度ぐるっと回して、内側から外側から、そして別次元から眺める。注意深く感じ取らないとそれは姿を現さない。

ちょっとした食い違いには、もっと重大な問題が眠っている。

それはまるで蛇が草むらに同化しながら獲物に忍び寄るかの様に。

軍学はまずあらゆるチャンスをよく計算し、次に、偶然というものを、ほとんど数学的に、性格に考慮に入れることに在る。

~ここで小数点以下の数が一つ多いか少ないかによっても一切がガラリと変らないとは限らない。

~「偶然」は凡庸な精神の持主たちにとっては常に一つの神秘としてとどまっているが、すぐれた人々にとっては一つの現実となる。

ー戦争について, ナポレオン言行録

コーヒーをいつも通り口に運ぶような、

単純作業の背後には、

大きな力学が働いているのではないか?とも思わせるなにかがあるのだ。

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