Shoulders of Giants

モーツアルトを聞かない音楽家はいない。

ピカソの絵に触れたことがない画家はいない。

アインシュタインの相対性理論を知らない物理学者はいない。

 

しかし、こと仕事となると、モーツアルトを聞かず、ピカソに触れず、アインシュタインを知らずに仕事をしている人もいる。

 

 

 

言語は歴史であり、

歴史的背景を持たない言葉は意味を失い、迷走する。

 

巨人の肩の上に乗らずして、新しいものを作ることができるのだろうか?

いや、それは無理難題だ。

 

言語というものの性質が歴史的意味を含んでいるのであれば、

偉大な歴史を学ばずしてぬきんでることは不可能なはずだ。

 

 

グローバル企業トップは歴史的教養を持ち合わせる。

 

むしろ、歴史的教養を持ち合わせないと、グローバル企業トップになれないし、昇進もできない。

そして、No.1を獲得したとたん、これまで以上にむさぼるように歴史的知性を深めようとする。

人類史に永く残る伝説を根拠にすることで、人類史に永く残る選択を取ることができる。

 

 

従業員教育のカリキュラムの中に、「教養」は含まれていないが、企業内で昇進する人は、先輩方からそれを業務外で教わっているのかもしれない。

 

ダイバーシティが企業成長と相関関係を持つことに異論のある経営者はほとんどいない。

だとすれば、競争力は歴史的文脈のなかにあるのだろう。

 

後輩教育、従業員教育の要諦は文化的教育にあるといえるのではないだろうか?

 

shoulders of giants

 

教育とはいえ、それは押し付けるものではない。

ヘミングウェイっぽい喫茶店があったり、

ピカソっぽい寿司屋があったり、

モーツアルトっぽいおでん屋さんがあったり、

ドラゴンボールっぽい人がいたり、

 

そんな繋がりに気づいていくこと。

 

ただ単に、歴史のつながりに触れ、人間を紐解く喜びに明け暮れるだけでいいと思う。