Belize Blue Hole

『新規事業』を始めようとする人は、すでに落とし穴にはまっているかもしれない

Belize  Blue Hole『新規事業』

 

これほど美しい響きを持っている言葉は少ないのではないでしょうか?

 

『新規事業』という言葉は多くの経営者やマネージャーにとって魅惑の響きを持つ言葉です。

 

しかし、『新規事業』をしようとしているとき、その会社はもう行き詰っているかもしれません。

 

なぜなら、

うまくいく『新規事業』は、

実は『新規事業』には見えないからです。

 

そもそも、企業にとっての顧客やビジネスパートナーが何を求めているかがわかっていれば、次に何をなすべきかは自明でしょう。

次に何をなすべきかわかっている人は『新規事業』という言葉を使いません。

 

たとえば、iPod,iPhone,Macbookを次々と当ててきたスティーブジョブズが、

 

iPadを『新規事業』と表現したでしょうか?

 

いえ、スティーブジョブズは、iPadを世界に初めて紹介したときに、

あたかもそれが昔からAppleにあったかのように、既存のiPhoneとMacbookに紐付けて紹介しました。

 

『それは、スマートフォンやラップトップとは一線を画す、第三のカテゴリーの商品だ。』

 

という紹介をしているものの、姿や形はiPhoneやMacbookのDNAを受け継いだ、誰が見てもAppleの製品だとわかるようなものだったのです。

 

したがって、市場はそれをAppleの『新規事業』だとは受け取りませんでした。

Appleと異質な『新規事業』ではなく、

 

Appleに昔からありそうでなかった、いまだ見出されていなかった第三のカテゴリー

 

がiPadだったわけです。

だから、新しいカテゴリーにもかかわらず、すぐに市場に浸透しました。

 

 

このように、本当の意味で成功する新製品やサービスというものは、

「いままでなかったのが不思議なくらいだ」と感じさせるような、自然さと懐かしさを持つものであるべきなのだと思います。

 

 

新しい製品やサービスを『新規事業』と呼んでしまう時点で、

既存のものとはまったく違うなにか

を髣髴とさせてしまいます。

 

『新規事業』という響きは、既存のすべてを破壊して、捨て去り、新しい何かに情熱を注いでいるようで、新たな価値を見出しているようで、とてもかっこいいのです。

 

しかし、既存のものとはまったく違うなにかを作っても、それはうまくいきません。

隣の畑の花の種を取ってきても、

自宅の畑の土では育たないのです。

 

 

ある程度事業が安定すると陥る『新規事業』の誘惑。

nostalgie countryside

 

 

これは経営だけではなく、普段の生活にもいえます。

新しいことを始めようとしている人、

その to doリスト が自分のこれまでの暮らしのなかで、なんらかの演繹性や相似性を持っているのであればよいですが、

『新規事業』のための新規事業になっていないか?

注意する必要があります。

新しい挑戦だけれども、なかば確信に近いくらいの必然性をもった事業は、もはや『新規事業』とは呼ばれないはずです。

あらゆる角度から吟味された新規事業はもはや同じDNAをもった兄弟姉妹のような説得力を持つはずです。

同じ銘柄のヴィンテージワインが2009年も2010年もなんとなく同じ畑のような味がするのと同じように、

同じDNAを持つ事業はもはや、『新規事業』とは呼ばれないのではないか?と思います。