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このあいだ、どんなにおそくなっても、帰るときは必ず「行くところがあるので」と言う一風かわったおじさんがいました。

普通に家に帰るにしても、

どんな深夜でも必ず「行くところがある」というのです。

面白い人だな~と思い、ぼーっと考えていました。

ふつうは明日早いんで帰ります、とか、

終電なので帰りますだよね~

帰ると、行くの違いはなんだろな~と。

そんなことを考えながらお腹もすいたな~とおもい、フラフラあるいている昼下がりに、

つけめんやさんに入り、豆乳つけめんを頼んだあとも、僕は考えつづけていました。

行くところがあるというとき、人は常にそこにまだ知らない何かを感じているなと。

「帰る」というとき、人は「戻る」、それは過去の自分の認識に戻るということだなと。

そして、「帰る」「戻る」というとき、人は自分の記憶の中にある「過去」に戻っているなと。

でも家に帰ったとき、本当は物の配置、埃の位置、湿度も酸素量も温度も、何一つ一瞬たりとも同じ瞬間はないということを、僕は忘れています。「いま」は認識の中の「過去」とはまったく違う。

家族と一緒に暮らしているのであれば、家族だって、細かく見ていけば、声のハリや顔の艶、髪の毛の長さ、爪の長さ、内臓にある食べ物だって体内の組成だって、感情だって、一瞬たりとも同じときはない。

だけど僕は往々にして、何も変わっていないと思ってしまい、ともするとマンネリしてしまいます。

もしかしたらつぎの瞬間、火事でその家はなくなってしまうかもしれない。ガス爆発が起きるかもしれない。


愛するひとも、常にそこにはいないかもしれない。

犯罪に巻き込まれるかもしれないし、飽きられて逃げられてしまうかもしれない。


一瞬たりとも同じ瞬間はない。

…ひとつとして同じ瞬間はないかもしれない

その不確かな連続性のなかで、

なにが起こるかはまったく予測できない。

これから起こるできごとは、絶望を呼び起こすかもしれない。

これから起こるできごとは、怒りや苦しみを呼ぶかもしれない。

でもときたま、奇跡的によく馴れ親しんだ光景に触れられる瞬間に出会えることがある。

初めて見るけれども、どこかなじみのあるその光景は喜びや愛を呼ぶかもしれない。


そんな瞬間を求めて彼は「行く」。

「過去」に生きるのではなく、「未来」を憂うでもなく、唯一無二の「いま」を求めて、新たな発見を求めて、

あい に行くからこそ出る言葉が

「行くところがある」

だったのかな~!!

そんなことを考えながら、ちょっとすっきりしてきたころに、大勝軒新メニューの豆乳つけめんを食べ終えていました。

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ヘルスィーTANA☆AKK

ヘルスィーTANA☆AKK

タナーク株式会社/代表取締役社長売上UP実績はこちら
趣味:呼吸。住所:地球。企業顧問を常時10社以上こなす体を緩める起業家。プロフィール・会社概要はこちら
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