海賊と呼ばれた男 出光佐三物語

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爽快、痛快のノンフィクション。事実は小説より奇なり。

胸アツな一冊だった。

売上4兆6297億円(2014年度)、社員数8,829名(2015年3月末)の出光興産の創業者、出光佐三氏の自伝を通した、日本経済復興史だ。

25歳で資産家から大金を託され創業。

アジア中に石油販売網を作り上げた。

そして、1945年8月15日、太平洋戦争終戦の詔勅をラジオで聞いたときから、第二の人生が始まる。

当時還暦。

35年の企業人生で得た資産の全てを投げ打ち、

一人の社員も欠かすことなく、

死に勝る苦しみに立ち向かい、復興を達成すると誓った。

戦前は石油の卸売業をしていたにも関わらず、

戦後は仕事を選ばず、漁業、農業、ラジオ修理、泥にまみれた石油の発掘など、

需要があれば飛びつく姿勢と、完遂する姿。

その姿勢を見てGHQや米国石油メジャーの心を掴んでいく・・・

当時の日本はGHQに伺いを立てるだけだったが、

皆がやりたがらない仕事を一手に引き受けることで結果を残し、着実にGHQからの信頼を獲得。

「サムライ」と呼ばれ、敬意を持って対応された。

熱意は言葉を越えて人を動かすものなのか。

タイムカードも出勤簿もなく、解雇も定年もない会社。

人間尊重の精神のもと、互譲互助に徹する。

日本の石油業界の腐敗に毅然と立ち向かい、日本全体の利益を求めて道を切り開く姿は圧巻だ。

他の多くの大企業とは違い、

周囲の意見や派閥、圧力を苦ともせず、

自分の利益や会社の利益を越えて、日本国全体が再び繁栄することを目指していた。

諸外国から一目置かれ、日本における新たな石油経済圏を作るリーダーシップを取った。

こんなにも綺麗事を貫き通せる経営者がいたということを誇りに思った。

戦後復興は、たくさんの「名もなき出光佐三」に支えられたのだろう。

平和な国で今、何ができるのか?

考えさせられる一冊だった。

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ヘルスィーTANA☆AKK

ヘルスィーTANA☆AKK

タナーク株式会社/代表取締役社長売上UP実績はこちら
趣味:呼吸。住所:地球。東京大学法学部卒。生命と宇宙を感じながら、体を緩め歩いています。街中で見かけたらラッキー。経営顧問を常時10社以上兼任。プロフィール・会社概要はこちら