生と死のはざま

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さっきまで存在していた期待が、

過去になってしまった。

いまはただの塊になっている

ただの塊なのだろうか?いや、そこにはまだ細胞の意思があるのだろうか?

心臓と脳が止まっても、細胞は生きている?

腐敗を続けるということは生きているのか、

細胞や細菌はいまだに腐食もしくは増殖もするはずだ。一つ一つの細胞の意思は終わっていない

命はどこではじまり、どこで終わるのか?

残された者がその感情や性格をありありと思い出せるということはまだ時空のどこかで生きているのか?

個々の細胞は声を出さないが、細胞がある程度集まった時、可聴音をコントロールできる存在である動物になるのか?

細胞と細胞の有機的なつながりが、ある一定の閾値を超えた時に、音を出せる存在、細胞全体を動かせる存在になるのだろうか

その境目はなんなのか?

その境目は決まっているようでコントロールできるようでもある。

その境目は、人間社会が決めているが、実はそれとは大きく違うところにあるのだろう。

肉体がなくなっても意思は残るように見える。

魂が存在するというよりは、記憶が時空に書き込まれているというのに近い気がする。

時空に書き込んだ記憶が深く、強いほど、誰かがその意思にアクセスできる

誰かが死に、さっきまで動いていた体が塊となったとき、

大金がなくなった時

食中毒でどうしようもなく体が痛み細胞が生まれ変わろうとしているとき

自らのかけた想いが無に帰すとき

喪失を経験する時、

悲しくて寂しくて痛くて

悔しくて悔しくて、後悔が止まらない

どう悲しめば、どう苦しめばこの痛みがなくなるかわからない

痛みは忘れようと思っても消えないし、

逆に痛みのなかに入り込んでいこうと思ったところで、

何も変わらないようにも思える

その先には何もないようにも思えた。

悲しめば悲しむほど、その事実が増幅し際立つ

自分の心の奥底に深く刻まれた

その深く刻まれた体験は、

痛みや苦しみが強いほど、忘れられないくらい唯一無二の存在になる

その人は言った。もう来るなと。

前を向いて歩いてくれと。

そこからそれは、かけがえのない記憶であるとともに

次の自分を形作る、とんでもない武器になった

それは自分を傷つけることも、生かすこともできる、とてつもなく繊細で激しい、得体の知れないもの

未来の自分が逆境に陥ったとき、前に進む後押しをする力になった

生きているものには絶対に明日がある

残された者がやるべきは、立ち止まることではない

その奥底にあった意思を引き継ぎ、前に進むこと

何が起こっても地球は生きている

生きる者に課された使命は、動き続けること

残された破片には意味がある

残された者には明日がある

そこから逃れることはできないし、逃れたからといって良いこともあまりない。

来世どうなるかなんでどうでもいい。重要なのは今だ。

次の瞬間、より洗練された自分に近づけるよう、立ち上がるしかない

過ぎ去った記憶を胸に、新たな記憶を刻み付ける

次は、より衝撃的な感情に押しつぶされることもあるかもしれない。

だけど、また歩いてみたい気がする

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ヘルスィーTANA☆AKK

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